絵本のなる木

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震災ボランティア体験記「ドロかき日記1-上」

 

はじめに

 このブログは、数年前の震災ボランティア体験記です。
私にとっては初めてのボランティアでした。
当時コツコツと書き貯めていたもので、どこかで発表してみてもいいかな、と思い、今更ながらに掲載してみました。
あれからも自然災害に終わりはなく、今日もどこかでボランティアとして汗を流している方々がいることでしょう。
でも、やったことのない人にとっては、ボランティアって未知の世界。
そんな方々にとって、そっと背中を押せるような体験記になればいいな、とも思っています。
それでは。

参加団体

ピースボート

期間

2011年7月1~3日

2011年7月1日PM7:30@自宅

ボランティアバス出発の集合場所である新宿を目指し、自宅出発。荷物がとてつもない量である。

三日分の食糧に水(2ℓがピースボート(以下PB)さん指定の量でした)、着替え、寝袋、作業着、長靴、その他モロモロ…。

この日の為に購入した登山リュックには入りきらず、普段使っているデイバックも持っていくことに。

体の前と後ろにリュックを背負い、長靴はどこにも入らないので履いていく。完全武装といった出で立ちである。

電車に乗れば「いったい何事か?」と注目の的。でかいリュックに身を小さくしながらの出発であった。


新宿では既に大勢のボランティアさん達が集まっている。

老若男女さまざまな方がいらっしゃる。

聞けば土日のボランティアは多く、今回は70名ほどとの事。

ここからは二台のバスに分かれ、東北・石巻を目指す。

22:00 ボランティアバス出発

いよいよ出発である。

しかし、明日の朝から作業というスケジュールになっていることもあり、早々とバス内で就寝準備に入る方も。

私もお隣の青年としばらく雑談した後(教員を目指しているという好青年でした)、寝に入ろうとするが、生来の寝つきの悪さを発揮。

全くもって寝れやしない。

ようやく睡魔が襲ってくるころには辺りは白み始め、目的地の石巻に到着。

まだ寝ていたいのが正直なところであるが、本来の目的を忘れてはならん、と自分を奮い立たせ、下車。 

7月2日AM7:30 

カスカファッションという工場跡を間借りした宿泊所に入る。荷物はバスから宿泊所へ、皆でバケツリレーのように運び入れる。

その後に朝礼。

朝礼を仕切っている方も実はボランティアで、4月から石巻に居るという。

その後、各チームに分かれて作業内容を説明してくれた方々も先輩ボラさん。

短期で来たが、延長したという先輩ボラのおじさんは、話しかけると

「いや、実際やってみると残りたくなっちゃうんだよな」

と笑って答えてくれた。

その後、ラジオ体操をして、ついに作業入りである。

7人のチームと先輩ボラさんで歩いて目的地へ。

被災地

この地域は海から800mに位置しているとのことだったが、ざっと見渡したところ、海なんて見えないのである。

ここに津波が来るなどと、にわかに信じがたいのだが…

目の前の景色は、凄まじい爪痕と共に、そんな思いを静かに否定している。

何かに一部をえぐり取られたような住宅や倒れたままの信号機。

津波の水位を明確に物語る、二階の窓に残された横一本の線。

夏には青々とした葉を付けるはずの木々は枯れ、流された住宅跡には雑草が生い茂るのみ。

 

ただただ、言葉もない。

 

今自分たちは被災地に居る、と改めて痛感する光景である。

 

果たして、自分たちに何ができるのだろうか。

正直、途方に暮れてしまったのが最初の感想である。

AM9:00作業開始

本日は一戸建て住宅の床下のヘドロかき。

床板は既に剥がした後で、床下に積もったヘドロをシャベル等でかき出す作業である。

かき出したヘドロは土嚢袋へ詰め込み外に出す。

ただそれだけの単調作業。単調だが、暑い、重い、臭い、たまにガラスの破片もあり危険でもある。

メンバーで相談し、30分ごとに小刻みな休憩を取りながら行う。

何が辛いかと言えば、呼吸が辛い。

皆ピースボートさんから推奨されている「N95」という型のマスクを装着しているのだが、これが農薬散布にでも使えそうなガッシリしたマスクで、顔への締め付け具合がハンパじゃない。

おかげでマスクの中はちょっとしたサウナ状態になっており、汗でダラダラである。

しかし乾いたヘドロから巻き起こるチリを見ていると、このぐらいのマスクをして然るべきか、とも思うが、やはり苦しい…。

それでもヘドロは着々と取り除かれ、この地味なひとかきひとかきが確実に役に立っていると考えると、それは気持ちのいい作業でもある。

 

昼になり、昼食の為宿泊所に戻ろうとすると、家主さん夫婦が「これ、どうぞ」と麦茶のペットボトルを差し入れてくれる。

一緒に作業していた旦那さんはとても無口な印象だったが

「本当はアイスあげたかったんだけど、売り切れちゃってな…」

と気さくな感じで笑っていた。

お二人とも避難所からここに通っているそうで、家族は全員無事だったとの事。午後には震災当時のことをぽつりぽつりと話してくださり、メンバー全員しんみりと耳を傾ける。

PM4:00

ドロかきが終了し、このお宅での作業は終わり。

帰り際、奥さんは自分らに何度も頭を下げ、旦那さんも「有難う」と笑顔で声をかけてくれた。

この家は、まだ床下のヘドロを取り除いただけで、床も張り替えねばならないし、住めるようになるにはきっとまだまだ時間がかかるだろう。

自分らはその一部分をお手伝いしたに過ぎない。

それでも「有難う」か…。


なんだか胸がいっぱいになり、鼻がつーんとする帰り道だった。

 

PM6:30夕食

なんとうれしいことに、宿泊所で冷やし中華の炊き出しがあるとの事。

聞けば、以前ボランティアに来た仲間たちが、ボランティア中の栄養が偏りがちであることを気にして、有志で集まり、わざわざ川崎から炊き出しに駆けつけてくれたそうである。

炊き出しメンバーは学生さんのような若い人ばかりで、若いうちからこんな偉い人たちがいるもんだ、と感動しきりである。

その上これからまた川崎まで帰るという。

本当にそのためだけに来てくれたようで、頭が下がる。

冷やし中華をおいしくいただき、さらに持参のレトルトおかゆカレーを食べ、九時には就寝。

なにせ宿泊所内は風呂もテレビもないのでやることがない。

イビキ

さあ寝よう、と他の方々の寝袋がひしめき合う中、寝袋に入ってみるが、

とてつもないイビキが響き渡り寝れやしない。

こんな時の為に、と持ってきた耳栓もイビキの前には効果なし。

そもそもこんな環境で寝たことがないのに眠れるのだろうか、

と一抹の不安が頭をよぎる。

イビキは容赦なく宿泊所を響き渡り、容赦なく夜は更けていく。

さてさて、この後はどんな二日目を迎えるのだろうか。

その前に今夜寝れるのか?

 

まて次回!


「ドロかき日記1-下」に続く。。。