絵本のなる木

絵本・子育て・ボランティア体験記

震災ボランティア体験記「ドロかき日記1-下」

 (「ドロかき日記1-上」からの続き)

 

2011年7月2日AM4:30@ボランティア宿泊所

ハエが顔の上を歩き回る感触で目覚める。

なかなか珍しいモーニングコールである。

昨晩は響き渡るイビキに閉口したが、どうやら寝不足と労働による睡魔がイビキに打ち勝ったようである。

周りでは同じように起き始めているメンバーがちらほらと見受けられる。皆さん早起きである。カロリーメイトとウイダーインゼリーだけの朝食を摂り、着替える。

宿泊所に風呂はないので着替えは重要である。

AM7:30

昨日同様に全体で朝礼を行い、ラジオ体操。

その後、各チームに分かれ、本日の作業場へ出発。

今日は少し離れたアパートが作業場ということで、20分ほど歩く。

大分被災した景色にも見慣れてきたが、やはり圧倒されるものがある。

側溝には黒い水が満々と滞留しており、それがどこまでも続き、異臭を放っている。

この地域は下水が復旧していないとは聞いていたが、こういうことになるのか、と溜め息が出る。

それでも先輩ボラさんは

「GWの頃は今歩いてる道自体ガレキの山で無かったんだから、きれいになったほうだ」と話される。


AM8:30

作業開始。

今日はアパートの部屋のドロかきである。

まずドロを被った家具や生活物品は全て外に出すとの事で、つまり室内の物を全て出すことになる。

テレビ、冷蔵庫、電子レンジ、雑誌、プレステ3、服、全てである。

普通の地震と違う、津波の恐ろしさがここにある。

地震で倒壊した建物ならば、使える物を持ち出すこともできるだろう。

しかし、津波によってドロを被ったものは使い物にならない上に、津波は余すところなく、全てを飲み込んでしまうのである。

そしてドロを被った物は重い。特に衣類や雑誌類は倍以上の重さになっているので大変である。

やっとのことで家財道具を全て出したら、次は床のドロかきである。

これは、ひとかきひとかきで確実に床がきれいになっていくので気持ちがいい。

しかし、ヘドロがまだ乾燥しておらず、水気をふんだんに含んでいてやたらと重い。

3.11から4ヶ月近く経つのにまだ湿っているのはどういうことなのだろう。

昨日より重労働である。

加えて今日は日差しが強く、マスクの中のサウナぶりがえらいことになっている。

このマスクとはなかなかトモダチになれそうにない。

それでもチームの皆は懸命に作業を頑張っている。

誰も投げ出さず、チームワークなぞ、どんどん良くなってきている。

お互いに声を掛け合い、皆疲れてはいるが表情は明るい。

自分もそうだ。

疲労はあるが、気分はいい。

昨日の家主さんの「有難う」が励みになっているのだろう。

微かだけれども、確実に役に立っているということを感じることができた。

宿泊所周辺にも、そこかしこにボランティアにむけて「ご支援ありがとう」等のメッセージが大きく貼り出されている。

それらを書いてくれた人たちの事を思うと、チームの皆も口にこそ出さないが、こみ上げてくるものがあるんじゃないだろうか。

それが大きな力になって、自分たちの作業を支えてくれている気がする。


PM3:00

キリよく、二部屋終わったところで作業終了。

大人7人が一日がかりで1Kのアパート二部屋分。

復興への道のりの険しさに目まいすら覚えるが、とりあえずは二日間の作業が終わったのである。

チーム7人、自然と向かい合い「終わったぁ」「おわりましたね」と声を掛け合う。

皆一様に晴れやかな表情をしている。たった二部屋だけだが、自分たちのできることはやったという達成感だろうか。

胸の中を風が吹き抜けていくように清々しい。

ただただ、「来てよかった」と思った。


PM5:30

今日中に新幹線等で自力帰宅する人は、バスで仙台駅まで送ってもらうことになっており、そのお見送り。

大半のメンバーがこれで帰宅するようで、ウチのチームも5人がバスに乗り込む。

たった二日間の付き合いだったが、皆いい人ばかりだったので意外とさみしい。

他のチームでは泣いている女の子もいた。

自分もここに来てから涙腺がゆるくなってきており、なかなか危ないところだったが、なんとか居残り組と手を振って笑顔で見送る。

PM6:30ミーティング

半分以上のメンバーが去り、一気にガランとしてしまった宿泊所で、最後のミーティング。

昨夜は各チームのリーダーだけであったが、今夜は人数が少ないので全員がこの二日間の感想を述べることに。

20人ほどで車座になり、一人ひとり想いを述べていく。

教員を目指している青年は、子どもたちにこの経験をぜひ伝えていきたいと語り、ある方はこの絆みたいなものがもっと広がっていくといい、と語っていた。

そして自分の番。

「震災からずっと、何もしないでいいのかモヤモヤしていたこと。

ここにきてドロかきをやり、モヤモヤが晴れたこと。

先輩ボラさんや昨晩の冷やし中華隊のように、ボランティア同士が支え合い、自分達は被災者を支えにきているようで、実は被災者の言葉や「ありがとう」の横断幕に支えられていたこと。

こうやって人と人は支え合って生きていくものなんだと、改めて実感できたこと。

本当に来てよかった。

復興へはまだまだ時間がかかるだろうから、是非また来たいです」

とたどたどしく述べる。


その後も発表は続き、皆さん異口同音に話されることは「来てよかった」の一言。

今更ながらに一日目の先輩ボラさんの言った「残りたくなってしまう」という言葉の意味がよくわかる。

最後に先輩ボラさんが「皆さん是非また来てください」と話される。

ボランティアはどんどん減ってきており、ピースボートとしても歯止めをかけるべく、旅費等をいくらか補助していく予定との事であった。

PM7:00

そのまま輪になって夕食。

皆すっかり打ち解けたようで、にぎやかな食事である。

それを見渡しながら隣のおじさんボラは

「皆来た時より、表情がとてもいいなぁ」と話される。

確かに皆生き生きとして見える。

「そうですね」

と相槌を打ちながら、自分もその中に居るんだなぁと思うと、しみじみとした幸せを感じる。

つい一昨日まで、こんなにいい時間が来るなんて想像もできなかったな…

などと感傷に浸っていても、消灯時間は容赦なくやってくる。

今夜もあのイビキが!?とドキドキしたが、どうやらあのイビキの持ち主は先に帰られたようで、静かな夜である。

それでも、元から寝つき悪いんだよなぁと寝袋で一人モゾモゾ。やはり昨日同様、容赦なく夜は更けていくのであった。


7月3日AM5:00

ハエとはすっかり仲良しで、今朝も気の利いたモーニングコールで起こしてくれる。

「ふんっ」

と体を揺すると一斉に飛び立つ。

疲れが残っているようで、かなり体が重い。

ぼうっとしながらもなんとか身支度を整える。

今日は帰るのだ。


Am7:30

自分達と入れ替わりの新しいボラさんを乗せたバスが到着。

ぞろぞろと降りてきてバケツリレーのように荷物を運ぶ姿を見ていると、自分達も二日前に同じことをしたな、と遠い昔のようにぼんやりと思い出す。

この人たちも、自分達と同じような体験をして、

「また来たい」

と感じてくれればいいな、と思う。

そうやって昨晩誰かが言っていたように、人と人との絆がどこまでも広がっていくといい。

その先に復興というものがあるんじゃないだろうか、

などと真面目に考えていると、いよいよ出発である。

長期のボラさんや期間を延長したボラさんたちが大きく手を振って見送ってくれている。

バスの車内からも皆手を振っている。

短い間だったけど、

この人たちも、

この場所も、

これでお別れかぁ

と思うとこみ上げてくるものがあり、ちょっと瞼の裏の方が熱くなる。

「また来ます」

と心の中で呟きながら、宿泊所をあとにする。

しかしカラダは正直なもので、お別れの余韻に浸る間もなく、5分も経たずに眠りに落ちる。

あとはただただ眠る。

寝る寝る寝る。

ドロのように眠り、気がつけば東京である。

Pm4:30自宅到着。

荷ほどきより、なによりかにより、風呂に入る。

約三日ぶりのシャワーに、雄叫びのような歓声をあげたのは、言うまでもない。


(了)