絵本のなる木

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震災ボランティア体験記「ドロかき日記2-上」

 

はじめに

このブログは、数年前の震災ボランティア体験記です。
私にとっては初めてのボランティアでした。
当時コツコツと書き貯めていたもので、どこかで発表してみてもいいかな、と思い、今更ながらに掲載してみました。
あれからも自然災害に終わりはなく、今日もどこかでボランティアとして汗を流している方々がいることでしょう。
でも、やったことのない人にとっては、ボランティアって未知の世界。
そんな方々にとって、そっと背中を押せるような体験記になればいいな、とも思っています。
それでは。

参加団体

ピースボート

期間

2011年9月24~26日

2011年9月24PM10:00

9月24日PM10:00@新宿

新宿より夜行バスに乗り込み、一路石巻へ出発。

前回は不眠のバスだったが、二回目になると長距離バスにも体が慣れてきたのか、思いのほか早々入眠。

意外と順応性高いかも、などとうつらうつら考えていると、やはり落とし穴が。

東北道を北上し、夜が深まるにつれ、バスを冷気が包み込む。

寒くておちおち寝ていられない。

運転手さんに「暖房つけて」の一言が言えない小心者の行きつく先は、またもや寝不足のまま石巻入りである。

宿泊所から被災地へ

前回と殆ど変わっていない宿泊所に、妙な親しみを感じながら荷物を運び入れる。

相変わらずトイレは仮設だが、なにやら簡易シャワー室が設置されたとか。

しかし休憩もそこそこに、準備をして早速本日の活動場所へ移動。

今回は牡鹿半島にある、小渕浜という所で漁業支援のボランティアにあたるそうで、バスで一時間ほどかけて移動する。

バスで移動すると、前回は宿泊所の周辺を歩いただけでわからなかった、津波の惨状がよくわかる。

海が近づくに連れて建物が少なくなり、だだっ広くなる。

津波に流されずに残った家の基礎部分のみが、そこに住宅街があったことを伝えている。

海沿いには、堤防のように行けども行けどもガレキの山が続いている。

一言で「ガレキ」と言ってしまえばそれまでだが、よく見ればカラフルで色とりどりのモノであふれている。

ピンクのタオルケットや黄色いプラスチックの箪笥。

津波が来るまでは、確かに使われていたんだろうなぁと思うとたまらなくなってくる。

初め賑やかだった車内も、窓の向こうに広がる景色にしんと静まる。

そんな中をバスはぐんぐんと走り、道も殆ど無いようなでこぼこの悪路を過ぎた先で、小渕浜到着である。

作業開始

深い緑色の海に、後ろを振り返れば山が広がる。

関東ではまずお目にかかれない景色に、遠くにきたんだなぁと実感する。

ここから先は現地の漁師さん達が迎えに来てくれており、各チームごと、漁師さんと行動を共にする。

自分のチームは漁師さん宅で漁具作りのお手伝いとの事で、漁師さんの運転するトラックの荷台に乗り込み移動。

その図はまるでドナドナである。

この地域は独特な地形をしており、海に背を向けてトラックで坂を上ると、その坂の向こうにはまた海が広がっているという具合だ。

漁師さん宅は坂の上にあり、津波の時はこの家にも、庭まで何台もの車が流れてきたそうである。

作業はワカメの養殖に使うロープ作り。

聞けば、本業は牡蠣の養殖だが、牡蠣は津波でダメになってしまい、とりあえず比較的簡単にできるわかめの養殖を始めるそうである。

牡蠣のタネはまいたが、収穫まで3年かかるとの事。

休憩時間には玄関に(玄関とはいえ6畳はありそう)あげていただき、奥さんが冷たい麦茶と梨をご馳走してくれる。

こちらが梨を一つ食べ終わると「ほれ、もひとつ!」とわんこそばのように梨を差し出してくれる陽気な奥さんである。

漁師さんが、ここの牡蠣は広島産よりうまいぞ、と話すと「広島産自体食べたことないくせに」とつっこみ、笑いをさそう。

津波に遭ったことを感じさせないその明るさに、支援する側が逆に元気をもらっている気がする。

昼食の時間になり、坂を下ってボラの集合場所へ戻ると、かなり広い範囲が海水に浸かっている。

来た当初には歩けた場所も、海水でどこまでが陸だったのか見分けがつかない。

「地盤沈下」という言葉はニュース等で聞いていたが、実際に目の当たりにすると、その規模の大きさに驚かされる。

これが毎日あるそうで漁師さんも「おかげで海の近くで作業ができない」と悔しそうに話されていた。

漁師さん

午後は漁で使うブイ(丸い巨大な浮きのようなもの)に漁師さんの屋号である「金」の字を書く作業。

字にはからっきし自信がないが、そんなことも言ってられないのでひたすらに「金」の字をペンキで書き続ける。

ブイが大量にあり、9月の終わりとは思えない強烈な陽射しも手伝って、途中から「金」を「全」に間違えているような錯覚に捕らわれたりしながらも、なんとか全てのブイを書き終える。 

帰り道、仮設のプレハブの売店(この周辺も建物が残っている方が珍しい)に寄り、漁師さんが「これ、持ってきな」と一人一本ずつジュースを買って下さり、有難く頂戴する。

バスの集合場所ではそれぞれのチームが漁師さんと別れを惜しみ、連絡先を交換したり一緒に写真を収めたりしている。

漁師さん達は皆明るく、よく笑っている。

この深い緑の海と山に囲まれて育ってきたからだろうか。

漁師さん達の目はきれいに澄んで見える。

自分たちのチームの漁師さんも

「今が平成23年だから、平成26年になったら牡蠣できあがっから、そん時は食べにこいな」

と声をかけてくれる。

津波に遭ってもなお、この地に根差して生きていこうという逞しさが胸を打つ。

「また来ます」と手を差し出すと、ガッシリと握手をしてくれる。

「ありがとな」

「ありがとうございます」

と挨拶を交わし、小渕浜をあとにする。

夕方~@宿泊所

宿泊所に戻ると、新しく設置された簡易シャワー室を利用してみる。

普通に温かいお湯が出てくることに驚く。

この宿泊所でシャワーを浴びれるとは夢のようである。

備え付けの泡立たないシャンプーすら高級品に見えてくる。

夕食にはお弁当が配給されるようになっており、ボランティアの環境も随分改善されたんだなぁ、とお弁当をほおばりながら、しばし感慨にふける。

そういえばハエも殆ど見かけないが、これは季節のせいか。

しかし寝床は相変わらずで、寝袋を並べての雑魚寝である。

長距離バスの疲れもあるし、今日はよく寝れそうだ、と消灯してほどなく入眠。

が、闇に轟くイビキで目が覚める。

なんとすぐ隣のおじさんから発せられているイビキである。

時計は2時。

これはたまらん、と暗闇にまぎれて、足でおじさんの体を押してみる。

蹴ってません、押してるんです、

と心の中で叫びながら、足で押す。

するとどうだろう、おじさんの体の向きが変わったことで、イビキが寝息に。

これ幸い、と再び眠りに落ち、気持ちのいい朝を迎える。


「ドロかき日記2-下」に続く。。。