絵本のなる木

絵本・子育て・ボランティア体験記

震災ボランティア体験記「ドロかき日記2-下」

 (「ドロかき日記2-上」から続き)


2011年9月25日早朝@宿泊所

早朝、活動まで時間があるのでチームの仲間と周辺の散歩に出かける。

夜中のイビキうるさかったですね、

と話しかけると

「全然気づかなかった」

と返ってくる。

なかなかの強者(もさ)たちである。

てくてくと歩いていると、7月にあった、倒れたままの信号や側溝のヘドロが無くなっていることに気づく。

時の流れと共に、その間も汗を流し続けたボラさん達の存在を感じさせる。

作業開始

本日の活動場所は、昨日と同じく牡鹿半島にある、福貴浦(ふっきうら)という海岸で、やはりバスで一時間ほどかけて行く。

作業は先日の台風で道路を塞いだ土砂の撤去作業である。

ここで登場。

ドロかき日記おなじみの

「N95型マスク(くわしくはドロかき日記1を参照)」。

相変わらずの息苦しさに文字通り閉口しながら作業に取り掛かる。

しかしこういう目に見えて効果のわかる作業は気持ちよく、ガツガツとスコップで掘っていく。

20名ほどの大人数にかかるとあっという間で、午前中だけで50メートルほどの道が出来上がる。

午後は、地震によって布のようにゆがみへこんでしまったコンクリの道路に、土嚢袋を積んで平らにする作業を行う。

午前にかき上げた土砂を土嚢袋に詰め込む、土砂のリサイクルである。

スコップで掘っては詰め、掘っては詰めを繰り返す。

東北と言えど午後の陽射しは強く、顔の皮膚がちりちりと焼けていくのがわかる。

だんだんと体力が尽きてきて、かけ声も「よいしょっ」から「ふえっ」と情けない声に変わってくる。

疲労困憊によりスコップが土砂を空振りする頃、作業終了である。

f:id:hightree:20200101220452p:plain

     ↓

f:id:hightree:20200101220613p:plain

全員集合し、ボランティア・リーダー

さんが

「ごくろうさまでしたー」

と声をあげると、周りから一斉に拍手がわき起こる。

お互いに

「おつかれさま」

と声をかけあう頭上では、晴々とした

青空が広がっている。

皆、二日間の作業を全うしたのだ。

@宿泊所

宿泊所に戻り、シャワーを浴びると、早くも帰り支度を始める方も見られる。

もう一泊していた以前とは違い、短期ボラは全員21時発の夜行バスで帰るようになったのである。

夕食後はミーティング。

今回は自分が話す機会はなかったが、ボランティア・リーダーさんより、石巻でのピースボートボラの延べ人数が6000人を超えたとのお話がある。

おかげで「最低2年」と言われた市内のドロかきのゴールが見えてきたとの事。

その上で、皆さんはたった二日の作業だったけれども、その二日間は

「6000人の作業の続き」

だったということ。

そして皆さんの二日間の作業も、

さらに6000人以上の大きな力となって引き継がれて続いていきます、

というお話がある。

人一人の力は小さく、できることは限られている。

しかし、大勢の人が入れ代わり立ち代わり被災地に入り続けることで、こんなにも大きな力になる。

前回、このボランティアの絆みたいなものが広まっていけばいい、と書いたが、絆は確実に広がっているのだと思うと、ちょっと胸が熱くなる。

やっぱり来てよかったなぁと思う。

その後、宿泊所内の清掃を、二日間の感謝を込めて全員で行う。

PM9:00バス乗車

前回の流れからすると感動の場面なのだが、夜中で見送ってくれている方々の姿も殆ど見えず、何やらいつの間にか宿泊所をあとにした感じである。

若干拍子抜けしてしまったが、胸の中はほかほかと温かい。

漁師さんのきれいな目と、この土地で生きていこうとする姿にふれられたこと。

ボラの絆の広がりを感じられたこと等、二日間の経験が温かい気分にしてくれる。

しかし復興へはまだまだ道半ばであることも事実だ。

今後も自分のできることを続けていこう、と締めくくり、寝に入ろうとするが、心の温かさと外気は別問題。

東北道の夜はしばれるなぁ、このバス暖房ないのかなぁと心の中でぼやきながら眠れぬ夜を過ごす。

9月26日am6:30 自宅最寄駅到着。

駅に降り立ち、家に帰ったらまず何をしようかな、と考える。

やっぱり泡の立つシャンプーで頭を洗い、ゆっくりと湯につかりたいなぁとぼんやりと思う。

あとは足を伸ばして大いに眠ろう、と眠い目をこすりながら、自宅への道を歩き始める。


(了)