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震災ボランティア体験記「ドロかき日記3-上」

はじめに

このブログは、数年前の震災ボランティア体験記です。
私にとっては初めてのボランティアの日々でした。
当時コツコツと書き貯めていたもので、どこかで発表してみてもいいかな、と思い、今更ながらに掲載してみました。
あれからも自然災害に終わりはなく、今日もどこかでボランティアとして汗を流している方々がいることでしょう。
でも、やったことのない人にとっては、ボランティアって未知の世界。
この体験記を読んで、これから始めてみようという方にも、受け入れる側にとっても、少しでもボランティアが身近なものになればいいな、と思っています。
それでは。

参加団体

ピースボート

ボランティア期間

2011年12月16日~18日

2011年12月16日PM10:00

高田馬場駅シチズンプラザ前より、バスに乗り込む。

私、今回はなんとチームリーダーを仰せつかっているので緊張のスタートである。

チームリーダーといっても特段難しい役割はなく、とりあえずはチームメンバー6人の参加費とボランティア保険を集め、ピースボートスタッフに渡すだけなのだが…。(ちなみにチームリーダーとは、事前の説明会でチームを組んだ際、ジャンケンや自薦他薦で決めます。)

なにはともあれ出発である。

バス車内では、皆さん慣れた様子で就寝準備に取り掛かり、エアークッションを膨らます音があちらこちらで響く。

もうこの時期にもなると、ボラもリピ

ーターさんが大半なので慣れたものである。

自分も早々と寝に入るがなかなか眠れず、ようやく入眠したところでバスがやたらと揺れるので目を覚ます。

なにかと窓から外を見れば、なんと吹雪である。

路面も雪が積もっている。

その為渋滞が起き、こんなに揺れているのだ。

福島SAに降り立てば、あたり一面雪景色。

行き先の宮城県石巻市の天気予報は晴れだったはずだが…寒さに弱い身の上としては、なんとも不安な出だしである。

12月17日AM6:00

毎度のごとく、長距離バスに心身ともに疲れ果てる頃、石巻の宿泊所に到着。

荷物を例によってバケツリレーで宿泊所内まで運び入れるが、とにかく寒い。

それ以外考えられないほどに、寒い。

が、そんなことばかり言ってはいられな

い。

なにせ今回はリーダーである。

まず始めにリーダーミーティングなるものがあり、そこで現地に長期滞在しているボランティアスタッフより、作業中の諸注意(地震が起きた際の避難場所等)等を伺い、その内容をチームメンバーに周知していく。

それが終わると外で全体の朝礼である。

主にラジオ体操を行うのだが、極寒である。

晴れてはいるのだが、なぜか粉雪が舞っている。

朝焼けに粉雪がキラキラと輝き、何とも神秘的な光景であるが、そんなものに思いを馳せる余裕はなく、歯がガチガチと鳴っている。

その後、各チームごとに本日の作業場所を告げられる。

自分たちの今回の作業は「喜八櫓(きはちろう)」という料亭作りのお手伝い。

聞けば、津波に料亭を壊された旦那さんが、「津波はもうこりごりだ」と山間(やまあい)に料亭を再建するのだという。

さらに恐ろしいことに、山間はココよりも寒い上、日照時間が11時~15時の4時間のみだそうである。

これはいかん、と2重だった靴下を3重にし、

普段は被らないニット帽を目深(まぶか)にかぶり、

マスクも装着。

これに眼鏡をかけると、もはや変質者である。

チームの皆さんは、そんな自分の出で立ちを見ても特別変な顔もせずに接してくれる、やさしい方々である。

宿泊所から「喜八櫓」のある山まではバスで移動する。

3か月前にも通った道路を走るが、景色はあまり変わっていないな、というのが正直な感想である。

住宅を建てることに規制がかかっている地区ということもあるが、家を失くした土台のみが広がる光景は、なんともさみしい。

作業開始

 一時間ほど走り、「喜八櫓」到着。

本当に山に囲まれている。

現在9時だが、まだ陽射しが届いていない事実に身体が震えてくる。

見渡すと、旦那さんの他は大工さんが一人いるだけで、殆どこの二人で料亭を建てようとしているようである。

なるほど、これはボランティアの出番だと作業内容を伺うと、料亭の椅子やテーブルに使う丸太にヤスリをかけてほしいとの事。

チーム6人でひたすら紙ヤスリでヤスリをかける。何とも単調な作業で、動かすところは利き腕だけである。

それでもチームメンバーの皆さんは黙々と取り組まれるので頭が下がる。

自分はと言えば、あまりの冷え込みに意識がもうろうとしている。

周りを見渡すと、皆同じ姿勢でヤスリをかけ続けている。

いつ見ても同じ姿勢で同じ人たちがひたすらにヤスリをかけているので、まるでそこだけ時間が止まっているような錯覚に襲われる頃、休憩の時間である。

昼食は極寒の為、バス車内で食べる。

その頃には陽が昇ってきているが、雲が多く、なかなか日光にありつけない。

こんなに雲がうらめしいと思うことはそうそうないだろう。

昼食が済むと、女性陣は車で近くのコンビニまでトイレを借りに行く。

男性はそこら辺に草むらがあるので何とかなるが、女性は大変である。

午後の作業は薪ひろい。

外でも暖をとれるように、ドラム缶で火を焚いているのだが、それには大量の薪が必要なのだ。

久しぶりの身体を動かす作業に俄(にわ)かに活気づく。

枝を切る人、ひもで薪をくくる人と声を掛け合い作業を進める。

ささやかながら陽射しのぬくもりも感じられて、身体がぽかぽかと温まる。

PM3:00作業終了~@宿泊所

旦那さんからサインペンを配られ、何かと思えば、丸太で作ったテーブルに一言ずつ何か書いてほしいとの事。

見るとテーブルには既に前に来たボランティアさんのコメントが書かれている。

このテーブルも料亭でしっかり使うのだそうだ。

旦那さんのボラへの感謝の気持ちがにじみ出ていて、あたたかい気持ちになる。

「がんばろう石巻!」等のコメントに囲まれ、自分も月並みながら「またきます」と記す。

旦那さんに手を振られながらバスは出発。

空を見上げれば、太陽はもう山にかかり始め、料亭は山の影に隠れつつある。4時間の日照時間が終わりつつある中、旦那さんはこの後も作業を続けるのだろう。

それが明日も明後日も続くのだろうな、と思うと、多くの人を雇えない被災者にとって、ボランティアの存在は欠かせないのだと改めて痛感する。

旦那さんのような被災者は沢山いるのだろう。

車窓を流れる夕日を浴びた被災地を見ながら、まだまだやることはいっぱいあるなぁと感慨にふけていると、宿泊所到着である。

車外に出ると、日も暮れて極寒である。

また頭の中は「寒い」一色になり、ガチガチと震えて過ごす。

シャワーは屋外にあるので、のっけから諦めることにする。

あれは絶対湯冷めして風邪をひく。

寒い寒いと言いながらシャワー室からあがってくる他のボラさんが異星人に見えてくる。

夕食は…なんだろう?麻婆豆腐の豆腐が入ってないモノ。

これがチームごとでお鍋に分けてあり、チームでまとまって頂く。

実はこの食事を作っているのも他のボラチームなのである。

自然、残しては悪い気持ちになるが、なかなか大量で、一人前ほど残ってしまう。

ここで残しては目覚めが悪そうだ、と明日の朝食分として自分が頂くことにする。

すかさず周囲が「さすがリーダー」と拍手で盛り立ててくれ、笑ってしまう。

皆さんお腹いっぱいなのだ。

夕食後は就寝準備に余念がない。

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寝袋の中に貸し出された毛布を敷き詰め、更に寝袋の上から毛布をもう一枚掛ける。足は外同様靴下を3重にし、ズボン下にタイツを履く。顔にはマス

クをかけ、耳あてもぬかりなく装着。

ホッカイロを足元と上半身に置き、さあこい、と消灯時間を迎える。

やはり長距離バスと作業の疲れで早々と眠りに落ちるが、すぐに目が覚める。

袋から出ている顔から上が寒い。

更に寝袋の中、下半身はムれて気持ちが悪い。

身体の上と下で正反対の事が起き、どうしようもない。

その上周囲からは大敵のイビキまで聞こえてくる。

泣きっ面に蜂とはこれだなぁと泣きそうになり、そこからしばらく寝つけないのでほとほと困り果ててしまう。

ボランティアに来て初めて「帰りたい」と思った瞬間である。

しかし明けない夜はなく、気が付けば朝はそこまでやってきている。


「ドロかき日記3-下」に続く。。。