絵本のなる木

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震災ボランティア体験記「ドロかき日記4」

 

はじめに

このブログは、数年前の震災ボランティア体験記です。
私にとっては初めてのボランティアの日々でした。
当時コツコツと書き貯めていたもので、どこかで発表してみてもいいかな、と思い、今更ながらに掲載してみました。
あれからも自然災害に終わりはなく、今日もどこかでボランティアとして汗を流している方々がいることでしょう。
でも、やったことのない人にとっては、ボランティアって未知の世界。
この体験記を読んで、これから始めてみようという方にも、受け入れる側にとっても、少しでもボランティアが身近なものになればいいな、と思っています。
それでは。

参加団体

東日本大震災被災地支援の会

ボランティア期間

2012年6月8日~9日

2012年6月8日PM9:00@錦糸町

東北、関東甲信越地方がまさに梅雨入りせんとする前夜、タカギケイスケは東北への一歩を踏み出していた。

錦糸町某所での仕事を終え、まず向かった先は、吉野家である。

牛鮭定食の並を注文するが、思い直し、大盛に変更。

「腹が減っては戦は~」のことわざを思い出すが、戦に行くわけではないしな、と一人苦笑する。

しかし、自分にとってボランティアに行くということは、それだけエネルギーを使うことなのである。

なにせ人見知りだ。

ボランティアに行く目的こそ同じではあるが、全く知らない人たちの集団。

性別、年齢、職業、千差万別である。

その集団の中での長距離バス・食事・作業。

合わない人とバスの席が隣になったらどうしよう、作業で足をひっぱたらどうしよう、等々心配のタネは尽きない。

それは4回目となる今回も変わりがない。

ましてや前回までの3回とは違う団体への参加である。

二日間の泊まり込みから日帰りの一日だけに減ったとはいえ、やはり集合場所への道すがら、ドキドキが止まらない。

PM10:15@池袋

集合場所である、池袋東京芸術劇場横に到着。

バス席は決まっており、自分の隣はサッカー日本代表、香川真司似の青年である。(2012年当時のママ)

カガワ君(本名はヤマナカ)は一見無口でお堅い印象であるが、話しかけてみると意外やお話好きな青年のようで、自分としては珍しく車内での会話がはずむ。

カガワ君は二十歳の教員志望の学生さんで、わざわざ栃木県から来ているのだそうだ。

ボランティアは7回目、好きな作家は山崎豊子で「沈まぬ太陽」はどーのこーのと、会話の内容がかなりコアになる頃、佐野サービスエリア(SA)到着である。

時計を見れば24時過ぎ。

もう後は朝まで寝るのみだ、とSAのトイレで就寝前の歯磨きにいそしむ。

ふと周りを見渡せば、ボラのメンバーで歯を磨いているのは自分だけ。

皆さんどこで歯を磨いているのだろう?ナゾである。

佐野SA出発後、車内は消灯。

カガワ君も無口な青年に戻り、自分も寝に入る。

が、やはり眠れない。

思えば、カガワ君ととりとめのない会話をしていた頃が一番眠かった。

眠気のピークは過ぎたということか。

ドロかき日記=睡眠不足。この公式にももう慣れた。

はいはい、わかりましたよ、どうせ自分は寝れませんよ、と誰に言うでもなく、心の中で呟く。

6月9日@宮城県亘理郡

 6月9日 朝方、目的地が近づく頃、これまた毎度のごとく瞼が重くなる。

灰色の梅雨空が、更に気分まで重くさせる。

7時、宮城県亘理郡(わたりぐん)にある農協に到着。

実は、自分が被災地に入って晴れていなかったのは、今回が初めてということになる。

「東日本大震災被災地支援の会」と書かれた黄色いゼッケンを受け取りバスを降りる。

しとしとと雨の降る中、農協の建物へ移動。

ここがボラの控え所となっている。

作業着に着替え、近くのコンビニへ朝食の買い出し。

途中、現地の少年とすれ違い、ゼッケンを見ると軽く頭を下げられる。

何気ないふるまいだったが、一瞬胸がつまる。

梅雨空に気分を重くさせてる場合じゃないな、とコンビニへの足を早める。

朝食後、再度バスに乗り、作業場へ移動。

海が近づくに連れ、建物が無くなっていき、更に進むと雑草だけが生い茂る草原のような景色が広がる。

畑なのか田んぼだったのか、家があったのか、畦道(あぜみち)だったのか、想像すら難しい。

たまに家が建っているが、津波にえぐられたような痕が痛々しく残っている。

一画(いっかく)で畑を再開しているが、それもごくわずかだ。

約半年ぶりの被災地入りに、「何もかわってない」と以前と同じ感想を持つことになるとは、思いもよらない。

地震から数えれば、一年3か月が経つ。

作業開始@宮城県亘理郡イチゴ農家

9時 作業現場に到着。

雨の為、全員カッパを着用。

本日はイチゴ農家の畑作りのお手伝い。

おじいさんとその息子さんが迎えてくれ、作業の説明。

お二人ともよく日に焼けている。

作業内容は掘り返した畑のガレキ拾い。

イチゴ畑を再開させるべく土を掘り返したが、津波で運ばれたガレキが地中にまで及んでいるのだそうだ。

もう一つの作業は、津波に呑まれ、骨だけ残ったイチゴ畑のビニルハウスの解体。

自分はおじいさんと数人の男性陣と解体作業に入る。

まずはハウス内のガレキの撤去。

大小さまざまな木材や何かの破片。

さらにはお風呂の湯船なんてものもある。

ここはイチゴのビニルハウスの中で、あの地震から一年以上経っているはずなのに、と思うと切なくなってくる。

ふと周りに目をやると、カガワ君がとてつもない速さで、ガレキ置き場とハウスを往復しているのが見える。

さすが日本代表。

自分も考えるのは後にしよう、とカガワ君のあとを追う。

おじいさんは少々足元がおぼつかないが、一人で脚立に上りハウスの屋根部分の金具をハンマーで外していく。

自分たちがやりますよ、と声をかけるが「あぶねぇから」とゆずらず。

タバコをくわえながらハンマーを打つ姿がなんともかっこいい。

時折「鶴瓶の家族に乾杯、こっちこねぇかな」などのぼやきが入るので面白い。

屋根の金具を外したあとは、地中深く刺さっている周りの骨を抜く作業。

これがなかなかの重労働で、おじいさんと二人がかりで一本ずつ抜いていく。

そのうち自分たちがコツをつかみ、一人で抜き始めると、おじいさんは「おーすごいなぁ」と笑って見てくれる。

雨は降り続いているが、意外と気にならないものだな、と思っていると11:30 作業終了の声がかかる。

今日の作業は雨の為午前中で打ち切りになるらしい。

骨抜きだけでも終わらそう、と男性陣総出で取り掛かる。

11:45作業終了。

おじいさんと息子さんに感謝の言葉をかけられ、こちらも全員でお礼の言葉を返す。おじいさんに「鶴瓶さん、きっと来てくれますよ」と声をかけ、おじいさんと笑ってお別れ。

作業後@宮城県亘理郡

その後はバスで農協へ戻りながら、被害の大きかった海沿いを走る。

雑草の草原がどこまでも続き、たまにぽつんと家が残っているが、津波にやられたのか、窓ガラスが無い。

黒く見える窓は、全て窓ガラスがないからそう見えるのだ。

さらに進むとガレキの山が幾重(いくえ)にも連なっているのが見える。

なんともショックなことであるが、ガレキのあちこちから雑草が生えている。

雑草が生えるまでほっておかれているガレキの山。

これが被災地におけるガレキ処理の現実なんだなぁと、また切なさがこみあげてくる。

車内の皆さんもずっと無言である。

農協に到着後、着替えて昼食を摂り、13:30 宮城県亘理郡農協出発。

車内で「支援の会」スタッフより、今回の日程が午前中で終了となったことへのお詫びの言葉がある。

まず皆さんの健康・安全が第一なので、と。

そして、今回のメンバーは総勢36名、遠くは沖縄、北海道からもご参加いただいている。

しかし、ボランティアの減少は続いており、皆さんも是非また参加していただければ有難い、とのお話がある。

全国合わせて36名という数字もそうだが、何より、被災地は殆ど何も変わっていないのに、人々の記憶から忘れ去られつつあることがさみしい。

あのおじいさんと息子さんは、明日からまた二人だけで作業するのだろうか。

たまらないなぁと思う。

正直なところ、前回までの3回のボラで一区切りと考えていたが、これはそれどころではないな、という思いが強い。

牛鮭定食大盛分ぐらいのエネルギーは必要だし、些細などうでもいい心配のタネは尽きないけれど、自分はできる限り行き続けよう、それが自分の心を晴らすことにもつながるだろう、と勝手に締めくくり、例によって寝に入る。

今日は寒くもないし、よく寝れるだろう、とタカをくくっていたが、やはりそこは「ドロかき日記」。

どこまでも安眠はない。

今回はカガワ君。

寝ると片側にひたすら寄りかかる癖があるのか、何度押し返しても自分の方に寄りかかってくる。

初めは笑って見ていられたが、30分も押し返しては寄りかかられ、押し返しては寄りかかられ、が続くとさすがにイラッとする。ドルトムントに帰れ!(当時のママ)

とかなり手荒く押し返すが、起き上がりこぼしのように戻ってきてしまう。

もういいや、と投げやりになる頃、ようやくカガワ君の寝相が落ち着く。

すっかり寝そけてしまった自分をよそに、バスはぐんぐんと東京へと向かっていく。

20時半、自宅到着。

風呂に入り、荷ほどきをしてひと段落。新聞をのぞくと日本代表香川真司の活躍が載っている。

写真を見て、カガワ君あんまり似てなかったなぁと一人笑いながら布団に入る。

今夜こそよく寝れそうだ、と手足を思いっきり伸ばし、ほどなく眠りに落ちる。


(了)