絵本のなる木

絵本・子育て・ボランティア体験記

震災ボランティア体験記「ドロかき日記5-下」最終回

 「ドロかき日記5-上 」からの続き


 

2012年10月14日AM5:15起床@みなみ交流センター

泊まりがけのボラでこんなにすっきりと目覚められたのは初めてである。

布団は偉大だ。

着替え、歯磨きを済ませ、朝っぱらから皆でお掃除。

白い息を吐きながら、大部屋に廊下、窓のサンと、隅々まで行う。

窓ふきまで始める人がいたのには驚いた。

さすがボランティア団体。

6:30朝日に目を細めながら、みなみ交流センター出発。

途中、コンビニに寄り朝食。

駐車場に思い思いに座り、食事。

少々お行儀が悪いが、朝日を浴びながらほおばるコンビニのおにぎりは格別だ。

お酒好きのおじさんが、本当にしじみの味噌汁を配っているのには笑わせていただいた。

バスは一路気仙沼市へと走り、曲がりくねった坂を登り切った先で、気仙沼市立小泉小学校到着。

津波てんでんこ

ここで現地の方を招き、震災当時のお話を伺う。

この小学校は小高い丘の上に建っており、気仙沼を一望できるようになっている。

見渡せば、やはり建物のガレキは片付いているが、その分何も無くなってしまった風景が広がる。f:id:hightree:20200121174141j:plain

小山がVの字に裂けているが、あれも津波の爪痕だと言う。

海に目を転じれば、ホテルらしき建物がどっぷりと海に浸かっている。

震災前まではオーシャンビューのホテルだったそうだが、今は地盤沈下で見る影もない。

海はもう200mは奥で、陸地はもっと広かったと悲しそうに話される。

それでも、この地域の犠牲者は40人で、少ない方だった。

それはこの地方に古くから伝わる

「津波てんでんこ」

という教えがあったから。

「津波てんでんこ」には、津波が来たら、人に構わず、各自てんでんばらばらに高台へ逃げろという意味がある。

その教えによって、親や子どもを捜しに引き返す行動が減り、更なる犠牲を増やさずに済んだのだという。

最後に、これ(津波てんでんこ)が今日本当に伝えたかったことなんです、皆さんがボランティアに来てくれて、私らは有難いが、それで終わってほしくないんです、地元に戻ってからも、私らの体験した話を地震や災害の時に生かしてほしい、それが一番の願いなんです、と言葉では言い尽くせないものがあるのだろう、涙を浮かべながら話される。

もうこれ以上、自分たちのような思いをしてほしくない、そんな気持ちがひしひしと伝わってくる。

一同言葉もなく、ただただ聞き入る。メンバー全員で「有難うございました」とお礼を述べ、気仙沼をあとにする。

AM8:30作業開始@韮の浜

昨日と同じく、韮の浜到着。

快晴。

今日もここが作業場だ。

作業内容も同じだが、散らばっていたガレキは大分片付いたので、雑草の生い茂る中を、ガレキを探し出すように拾っていく。

お酒好きのおじさんは、作業になると別人のようにテキパキと動く。

実はちゃんとした人で、職業も県の公務員だったりする。

一輪車担当は今日も健在で、ひょいひょいとガレキの山と拾い集める場を往復する。

やはりすぐに息切れする。

今日も陽射しは強く、頭がぼうっとしてくる。

いったいこの二日間で何往復しただろうか。

もはや「ドロかき日記」改め「一輪車ころがし日記」と命名してもいいぐらいだな、などとどうでもいいことを考え始める頃、11:00作業終了である。

皆でカゴや一輪車、スコップなどを一つ一つ丁寧に洗う。

二日間走り回った作業場を見渡すと、きれいに片付いた景色の中 に、山になったガレキがドンとある。

二日間で大分大きくなった。

自分達の作業の証しだ。

大きく両手を広げ、伸びをする。二日間やり遂げた達成感が胸にしみわたる。

皆、晴れやかな表情で、お互いに「お疲れ様」と声を掛け合う。

しかし…変な話だな、と思う。

東北から外に出れば、東北のガレキを嫌う人達がいる。

一方で、そのガレキを集めている人達も、多くは東北以外から来たボラの方々だ。

一つ一つ拾いあげ、一輪車で、時には抱きかかえるようにして運んでいる人もいた。

ガレキの山は突然そこに現れたものではなく、集めて山にするのも、人間がしていることだ。

そこまで思いを馳せられる人が増えてくれるといいのになぁ、とガラにもなく真面目に考えてみたりする。

@南三陸さんさん商店街

11:30韮の浜出発

LSAの本部(といっても4畳半ほどのプレハブだが)に戻り、近くの仮設の食堂で昼食。

せっかくだからと、またもやビールで乾杯。

この団体は飲んでばかりだ 笑。

その後、「平成の森」という、野球場やらサッカー場やら宿泊所が入っている複合施設のお風呂で汗を流す。

お風呂にしっかり二回入れるボランティアツアーもそうそうないだろう。

しかしながら、単なる入浴施設に「亀の湯」が懐かしく思える。

本部に戻ってから集合写真を撮り、帰路につく。

途中、仮設の商店街へ立ち寄る。

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これも一つの復興支援、とお買い物タイム。

日曜日ということもあり、駐車場もほぼ満車で賑わっている。

こういう商店街は道中にいくつかあり、少しずつではあるが、町が活気を取り戻しつつあるように見えるのが救いだ。

普段はケチな自分も、ここでは惜しまず買い物をさせていただく。


15:00商店街出発~帰路

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ここからは東北道に乗り、バスは一路東京を目指す。

バスのメンツはこの二日間で見知った顔

ばかりになり、車内も賑わいを増すばかり…と思いきや、皆さん意外とご年輩の方が多く、くたびれて既に寝ている方もいる。

学生さんは元気で、なにやら微かな笑い声も聞こえる。

お酒好きのおじさんは、飲み過ぎと肉体労働のせいか、静かな寝息を立てている。

そんな様子を見ながら、よくこれだけのいろいろな人が集まったものだな、としみじみと思う。

リピーターばかりかと思っていたが、これがボランティアデビューという方のほうが多いくらいだった。

一年半を過ぎてもなお、こうやって新たに行動に移そうとする人たちがいることに、少なからず驚いたし、うれしくもあった。

この人たちも、ずうっと被災地のことが胸に引っかかっていて、やっと来ることができたのかもしれない。

そう思うと、何やら一人一人の方がとてもかけがえのない人たちに見えてくる。

世の中そう捨てたもんじゃないな、と。

そして、この旅が終わることが、ちょっとさみしくなる。

もうちょっと続いてもいいかな、などとしんみりしてみる。

が、それも束の間。

おかしい。ネックピロー様の効果が見られない。

一向に眠くならない。これは困った。

疲れで体も重いのに、眠れない。やっぱりマイクロバスきついっす、せまいっす、とほぼ一睡もできないまま、22:00東京駅到着。

身体を引きずるようにして下車。

このボランティアツアーで一番きつかったのはバスだな、と心の中で断言する。

みなさん意外とあっさり解散。

お酒好きのおじさんに「またね~」と軽く声をかけられ力が抜ける。

そうっすね、また来ればいいんですよね、と心の中で頷き、「じゃ」と片手を挙げてさよなら。

お別れはこれくらいあっさりした方がいい、と自分の乗るべきホームへ歩いていく。

リュックがやたら重く、身体が押しつぶされそうだ。

22:45自宅到着。

まさに這うようにして風呂に入り、「もうだめだ~」と布団へ飛び込む。

布団を発明した人は天才だなぁと、ごろごろむにゃむにゃ。

ドロのような眠りは、もうそこまで来ている。

(了)

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